御祭神は、大永6年(1526年)の棚倉孫神社紀によると、推古(すいこ)天皇31年(623年)9月に相楽郡の棚倉ノ庄より高倉下命(たかくらじのみこと)を勧請するとある。別名を天香古山命(あめのかごやまのみこと)、また手栗彦彦命(たぐりひこのみこと)とも申しあげ、天照大御神(あまてらすおおみかみ)の曾孫(ひこ)で、天神(あまつかみ)の直系である。 『古事記』や『日本書紀』によると天孫降臨(てんそんこうりん)に父命(饒速日命)と共に降り紀州熊野に住み、神武天皇の東征の時、布都御魂(ふつのみたま)の神剣を奉り大功をたてられたとある。 『日本三代実録』の清和(せいわ)天皇、貞観元年(859年)正月27日に畿内七道諸神進階及び新叙があり、267社の中に「棚倉孫神」が従五位下から従五位上の神位を賜った。 ○畿内七道は大宝律令で大宝元年(701年)制定。 ・山城国・大和国・河内国・摂津国・和泉国(京都付近の五か国) ・東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西海道 延喜式内の棚倉孫神社 旧社格は郷社(昭和6年2月に列せられる) 延喜5年(905年)に着手し、延長5年(927年)に完成の『延喜式神名帳』に掲載されている神社であり、創建が延喜以前であることがわかる。
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